寄居北條まつり
鎧兜に身を固めた武将たちの行列、荒川をはさみ大砲の砲声が鳴り響く北条軍と豊軍の攻防戦など、戦国時代を再現し、満開の桜を背景に武者絵巻を繰り広げるお祭りです。例年5月中旬の日曜日に開催され、多くの観光客で賑わいます。
埼玉県の人気観光スポットを一覧でご紹介。人気の名所や穴場まで、自然、歴史、グルメ、レジャーなど、多彩な魅力をエリアごとにチェックしよう。
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鎧兜に身を固めた武将たちの行列、荒川をはさみ大砲の砲声が鳴り響く北条軍と豊軍の攻防戦など、戦国時代を再現し、満開の桜を背景に武者絵巻を繰り広げるお祭りです。例年5月中旬の日曜日に開催され、多くの観光客で賑わいます。
「猪俣小平六範綱」平安時代末期から鎌倉時代にかけての武将で、武蔵武士の猪俣党として勇名を馳せました。早くから源氏に仕え、保元の乱、平治の乱で勇壮華麗な戦いで活躍した雄将として知られています。建久3年(1192年)に死去し、墓は一族とともに高台院の一隅にあります。小平六没後、400年を経て猪俣一族は、豊臣秀吉によって滅ぼされ、美里を離散しますが、小野満開なる行者が、小平六の守り本尊を背負って来村し、盆が来るごとに山頂に火を焚いて一族の霊を弔ったといわれ、これが猪俣の百八燈のおこりと言われています。
広木地区にある掘形の田畑に囲まれた90メートル四方の遺跡で、豪族:檜前舎人石前(ひのくまのとねりいわさき)の館跡といわれています。万葉集には、妻である真足女(またりめ)が、防人として赴任する夫に寄せた歌が載っています。
志戸川や天神川では、時季になると彼岸花(曼珠沙華)が群生し、田園風景の中や河川水路脇を真っ赤に染め上げます。 見ごろ:9月下旬~10月上旬
毎年8月15日の夜、猪俣・堂前山の尾根に築かれた108基の塚に燈明をあげる行事で、闇夜に浮かぶ一列の灯火がたいへん幻想的です。地元では、猪俣小平六範綱とその一族の霊を慰めるためと伝えられています。 ※関係者のみで開催される場合があります。
明暦元年(1655)頃に始まり、古式にのっとった祭礼が継承されています。毎年7月の第3日曜日、氷川神社に奉納されます。
本庄総合公園内にある修景池では、7~8月にかけて大使蓮の花が綺麗に咲きます。 蓮の花は早朝に開花するので、ぜひ早起きしてご覧ください。 池一面に、ピンク色の花が咲き乱れる様は圧巻です!
ヘメロカリスはユリ科の多年草。 ギリシャ語でヘメロカリスは「一日の美」という意味。朝に開いて夕方には萎んでしまう花ですが、1本の花茎に10〜30の蕾をつけ、次々と順を追って咲くので、約2週間近く花を楽しむことができます。 小川町のヘメロカリス園は例年6月下旬から7月上旬に見頃を迎え、園内800品種以上の花を楽しむことができます。
2008年に宇宙飛行士の若田光一さんと宇宙を旅した山梨県北杜市の神代桜の種から発芽した桜を、東日本大震災で被災した自治体に植えようという「きぼうの桜プロジェクト」により2019年4月6日に関公園に植樹されました。 吉川市では、①宇宙に滞在中の金井宜茂宇宙飛行士と子供たちが交信。②東日本大震災により全村避難となった福島県飯舘村への職員派遣。③約70年前のカスリーン台風の被害を後世に伝えること。などから植樹に至りました。
地元ボランティアを中心に植栽された彼岸花(別名:曼殊沙華)。秋には烏川沿いに赤い絨毯が広がり、澄んだ青空と上毛三山とのコラボは絶景です。
お米の生産に適した草加の農家の食文化と、野田の醤油とが出会って全国的にも知られるようになった「草加せんべい」。 当店では、この本物の「草加せんべい」を守るべく、埼玉県産米100%にこだわり、お米の旨みを壊さぬ様、一枚一枚時間をかけて押しては返し焼き上げています。 敷地には工場も構えており、社会科見学や手焼き体験も受け入れてます(要予約)
JR高崎線本庄駅目の前の好立地、結婚式、ご宴会、会議、お食事、宿泊に対応致します。
大学創始者である水田三喜男が蒐集した浮世絵コレクションの公開や、その他企画展を開催。水田コレクションは200点以上あり、浮世絵の発生期から近代日本画に至るまでの過程を所蔵作品によってたどることができます。
金窪城は、治承年間(1177〜80)に加治屋治が築城し、天正10年(1582)の神流川の合戦で落城後、川窪氏が城主となり、丹波に転封する元禄11年(1698)に廃城となりました。土塁や堀の後が一部に残り、往時を忍ばせています。
地元農家が生産した採れたて野菜や果物を販売しています。 6月から8月下旬には、青紫の真珠のような美里のブルーベリーが棚一面に並びます。
暑い夏と実りの秋に、おいしいぶどうを楽しんでください。
総面積約13.3ヘクタールの敷地内に、総合体育館第1体育館、第2体育館、市民グラウンド、市民ゲートボール場、多目的広場及び、テニスコートなどがあり、市民の健康づくりと憩いの場となっています。
菖蒲神社境内には、埼玉県指定天然記念物に指定されているフジがあります。これは、「野田フジ」という品種で、樹齢300年を越すと言われています。
地芝居として約220年の歴史がある小鹿野歌舞伎で古くから使われてきた衣装や小道具、台本など貴重な資料や歴史を展示しています。 写真や映像でいつでも小鹿野歌舞伎に触れられます。
武蔵野台地に位置する三芳町、所沢市、ふじみ野市、川越市は火山灰土に厚く覆われ作物が育ちにくい土地でしたが、江戸時代から多くの木を植えて平地林(ヤマ)として育て、木々の落ち葉を掃き集め、堆肥として畑に入れて土壌改良を行ってきました。こうした300年以上にわたり続けられてきた伝統農法を「落ち葉堆肥農法」と呼びます。 この「落ち葉堆肥農法」は今も受け継がれ、それにより平地林は各市町全域にその面影を多く残し、育成・管理されて景観や生物の多様性を育むシステムが作られています。 このようなシステムや地域の取り組みが評価された結果、「武蔵野の落ち葉堆肥農法」は平成29年3月14日に日本農業遺産に、令和5年7月5日に世界農業遺産に認定されました。(写真は旧島田家住宅) <a href="http://giahs-musashino.jp/">武蔵野の落ち葉堆肥農法世界農業遺産推進協議会</a>
緑豊かな自然のなかに児童館、遊具、ふわふわドーム、せせらぎ、動物舎など、子どものことを一番に考えて造られた公園。園内にはソメイヨシノが植えられ、桜の咲く季節にはお弁当を持った親子連れで賑わいます。
八幡山古墳は、この周辺に広がる若小玉古墳群(わかこだまこふんぐん)の中心となる古墳で、7世紀前半に造られた直径約80メートルの 大型の円墳と推定されています。 昭和9年(1934)に、約2キロメートル東にあった小針沼(こばりぬま)の干拓事業のため古墳の封土を崩した際に、石室が現れました。 翌年の発掘調査の結果、石室はほぼ南北に位置し、南を正面とする前・中・後室の3室からなる 全長16.7メートルの巨大な石室であることが明らかになりました。 各室とも秩父地方から運搬された巨大な緑泥片岩(りょくでいへんがん)と安山岩で築造されています。 その後、昭和52年から54年に発掘調査と復元整備が行われて現在の姿になっています。 発掘調査では最高級の棺である漆塗木棺(うるしぬりもっかん)の破片や銅鋺(どうわん)など豪華な遺物が発見されており、 この古墳に葬られた人物がかなりの権力者であったと考えられることから、「聖徳太子伝暦(しょうとくたいしでんりゃく)」に登場する 武蔵国造物部連兄磨(むさしのくにのみやつこもののべのむらじえまろ)の墓と推測する説もあります。 奈良県明日香村の石舞台古墳(いしぶたいこふん)に匹敵する巨大な石室であることから、「関東の石舞台」とも呼ばれています。 団体見学の場合には、事前にご連絡いただければ公開日以外でも石室内部の見学が可能です。 以下の予約URLもご利用ください。 行田市電子申請・届出システム(八幡山古墳石室団体見学申込み) 【御墳印販売所】 ・忍城バスターミナル観光案内所 ・観光物産館さきたまテラス ・行田市はにわの館
身体の悪い所を撫でるとよいといわれている「おびんずるさま」があります。春には稀少なブコウマメザクラが可愛らしく咲き誇り、訪れる人たちの目を楽しませています。また、アニメ映画「心が叫びたがってるんだ。」の舞台地になりました。入口の「延命地蔵」が目印となっています。
小川山 語歌堂 藤の季節には、境内の美しい紫色の下り藤を楽しめます。堂を建立した本間孫八が、ある旅僧と夜を徹して和歌の道を語り合い、ついに奥義を体得したことから語歌堂と名付けられました。言い伝えでは、その旅僧は観音様の化身だともいわれています。堂右手の庚申塔の石仏は、秩父でも数少ないもののひとつです。 御朱印は、250mほど離れたところにある『長興寺』で頒布しております。